マリーはニューオリンズをあとにニューヨークに向かいました。ここで送り出した荷物を受け取って、モントリオール便に積みかえる手続きをすれば万事OK。
乗り換えの時間も充分余裕がありました。夫の書いてくれたマニュアルによれば、税関の検閲が済めば、あとは荷物が飛行機に積み込まれるのを確認するだけでした。
「簡単なこと」・・・本当に簡単なことのはずでした。
荷物がニューヨークに着いてさえいれば・・・。
ところが、マリーのドレスを詰め込んだトランクがニューオリンズからニューヨークへの飛行機の中で、忽然と姿を消してしまっていたのです。マリーは予定していた飛行機にも乗り遅れてしまいました。次の便まで3時間。マリーは心配でいてもたってもいられませんでしたが、どうすることもできませんでした。
モントリオールに着いたとき、外は雨と雪の混ざったハリケーンが吹き荒れていました。数時間前にニューオリンズを出るときは30度もあったというのに・・・。
うすいクレープ1枚のマリーは寒さに震えながら出迎えの人を捜しました。マリーはこれからどこに行けば良いのか、どこに宿泊の予約をしてくれているのかも知らなかったのです。マリーはスーツケースに腰掛けてしょんぼりしていました。その時です。税関の奥からガヤガヤと声がしたかと思うと、カメラマンたちが出てきました。めざといカメラマンのひとりは、マリーに気がつくやいなや飛んでいき早速シャッターを切りはじめました。プレスの担当者が静止するひまもない早業でした。翌朝の新聞には、少し古ぼけたスーツケースに腰掛け、いともわびしそうに見上げている凍え死にそうなマリーの写真が掲載されていました。
ショーはその日の昼に予定されていました。
午前6時、マリーは目覚めるやいなや空港に電話しました。でもトランクの行方はわからないままでした。ショーにはモントリオールのすべてのファッション記者やカナダの各地域からも大勢の記者が招待されていました。時間は刻々と過ぎていきます。マリーはショーを前に、1枚のドレスもないという事態に直面したのです。絶望的でした。
でもそのときショーのモデルのひとりが自分とまったく同じサイズであることをマリーは発見しました。小躍りしたいような気持ちでした。
こうなれば、私のスーツケースにある服を着てもらうしかない。
そう決心しました。
ショーがはじまりました。マリーは観客の注意をそらし、少ないドレスでもなんとか記事になるようショーの間じゅう夢中でしゃべりまくりました。
結果は上々。少ないながらもショーで使ったドレスは、どれも素晴らしい評価を得ることができたのです。
行方不明のトランクはそれから何週間かのち、ロンドンにひょっこり戻ってきました。