マリーにとって、海外でのファッションショーはもちろんはじめての経験です。オートクチュール界のそうそうたるデザイナーと肩を並べるだけではなく、観客は世界の富豪ばかり・・・。
会場のサンモリッツのパレスホテルに着いた頃、マリーはそれまでの準備でずいぶん無理をしたこともあってヘトヘトでした。悪いことに風邪までこじらせて・・・。でも、頼れるのは自分だけ。着いた翌朝からまる2日2晩、マリーは高熱と闘いながら、リハーサルに専念しました。
豪華なイブニングドレスのショーの中で、「バザー」のフラノのショート・ドレスやカラーストッキングとブーツといった作品を活かすには、どう演出するのが効果的か。決めなければならないことはたくさんありました。さんざん迷ったあげく、マリーが出したアイデアはこうでした。
【強烈なジャズで会場の重厚なムードを一変させ、モデルたちには、ものすごいスピードで歩いてもらおう。少しおどけたような仕草も交えて・・・。会場のクラシックな階段も演出に使える・・・。】
「バザー」のファッションはそんなムードで見せるべきだとマリーは考えました。
そんなマリーを歓ばせたのは、モデルたちのカンの良さ。さすがは一流というだけあります。すぐにマリーのファッションを理解し、マリーが何を表現したがっているか、完全にのみこんでくれました。
いよいよ、「バザー」のショーがはじまりました。最初のモデルはブロンウェン。ガルボみたいな白レースのパンタロンスーツに大きな毛皮の帽子・・・。
彼女は階段の上までくると、つと大股で止まり、身じろぎもせず2~3秒静止。そして次の瞬間にはチャールストンのようなステップで一気に階段を駆け下りてきました。素晴らしい演技力、素晴らしいタイミング。この意表をついた彼女の動きは、観客の心をみごとにとらえました。見飽きたオートクチュールのショーに退屈していた会場のムードが一変したのです。音楽がホットジャズに変わって、モデルたちが次々に階段を駆け下りてきます。ハイウエストのフラノのドレスに白のストッキング、赤のセーターにフラノのチェニック、赤のストッキング・・・。割れんばかりの拍手と歓声。熱狂的な騒ぎが明け方まで続くほどの大成功でした。
ミンクやイブニングドレスは飽きるほどもっているお金持ちたちが、争ってマリーの服を買おうとしました。彼女たちにとって、「愉しむ服」なんて、はじめてだったのです。
マリーは、この海外のショーで、またひとつ自信を深めました。