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EPISODE 9:疲れ果てたマリー

忙しすぎる仕事、緊張感、興奮、それにナイツブリッジ店の予想以上の大きな成功が一度に押し寄せ、それにともなう精神的な疲れがマリーをヘトヘトにしていました。このときはじめてマリーはアレキサンダーと一緒に暮らすのが苦しいと思いました。

同じ仕事をする人と結婚した場合、真剣に仕事に取り組めば取り組むほど、どうしても私生活にまで仕事をもちこんでしまうもの。

マリーとアレキサンダーがそうでした。しかも、どんなに疲れていても仕事は急ピッチで進んでいきます。気分転換の隙もない日々・・・。もう、人間としての能力をはるかに越えている・・・マリーはそんな風に感じはじめていました。「バザー」キングス・ロード店、ナイツブリッジ店の成功や名声を、他人がどんなに褒めそやしても、マリーには実感がありませんでした。逃げ場のない憂鬱感にさいなまれ、気がふさぐばかりです。

そんなマリーのもとに衝撃的な知らせが届きました。彼女の片腕ともいうべきスージーが休暇旅行中に亡くなったというのです。マリーは胸がはりさけそうでした。隙があればベッドに潜り込んで涙を流しているマリー。

見かねたアレキサンダーは遂に「仕事を放り出して休養すること」を決め、強引にマリーをマルタ島行きの飛行機に乗せてしまったのです。太陽と海が大好きなマリーには、マルタ島が最適の場所だとアレキサンダーは思いました。

ところが運悪く、マリーがマルタ島に着いた日から、どしゃぶりの雨・雨・雨・・・。しかも、ホテルの部屋の壁までがマリーの嫌いな焦げ茶色。

マリーは部屋の電話を取り上げると、今すぐ乗れる飛行機を予約しました。行き先はどこでも良かったのです。ロンドンに帰る気はありませんでした。

マリーは帰りのチケットを周遊切符に変更して、次から次へと飛行機を乗り継ぎました。ヨーロッパのほとんどの空港をまわったといってもいいくらい。

ようやくローマに着いたとき、マリーは何もかも嫌になっていました。よろけるように空港を出たマリーは、偶然見つけた清潔そうな小さなホテルに滞在することにしました。

部屋には気持ちのいいバスがついていました。何もする気になれないマリーは、寝るとき以外、そのバスで過ごすことにしました。バスの中で、持っていったペーパーバックスの悲劇ものがたりを隅から隅まで丹念に読むだけの毎日。でも、それが思わぬ 温浴療法になりました。

ある朝、起きてみると、不思議なことに気分がすっかり良くなっていたのです。生きていることが素晴らしく思えてきました。早速、空港へ・・・、そしてアレキサンダーの待っているロンドンへ・・・。飛行機が美しいイタリーの海を渡る頃、マリーはようやく、今までの思いがけない成功を素直に受け止められるようになっていました。

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